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2011年1月20日 (木)

今日は大寒

 朝のラジオ体操に参加した時,早咲きの桜の枝に1輪の花をみつけ、みんなが近づいて眺めていた。私も後からその花に近寄って、春が来ていることを感じた。

ついでに、公園の遊歩道の周りに植えてある若い河津さくらの枝をみると、それぞれにつぼみが緑色になり、吉野さくらの黒く固いつぼみに比べて、春への始動がはじまっていた。

いつまでも寒さにちじこまってはいられないぞ、と思ったが、今日は午後になっても両手のしびれが取れない。寒明けの2月4日まではまだ1週間はある。年取った人間の体は、自然の変化より立ち遅れているのか、と改めて感じる。

 私が中学生になった昭和18年(1942)の1月8日の小寒の日から大寒を迎え、寒明けになる2月4日まで、寒稽古に出る私のために、父母は、寒い寒い朝早くから飯を炊き、弁当をつくって持たせてくれた日のことをおもいうかべる。

 

いまにして親とはなんとありがたい存在なのかとおもう。その子供たち7人も、いま残っているのは、姉と私と末の妹の3人だけになってしまった。

戦争や空襲の災難からも生き抜き、行く度かの苦しい生活の中でも生きてこられたことに感謝しなければならいが、とりわけ私たちを大事の育ててくれた両親への恩返しの感謝がまだできていなかったことに気づかされる。両親が亡くなってすでに30年以上になるのに。

 自然も人間も、みな先輩たちの骨身を惜しまぬ生業の上の成り立っていることに、改めて心からの感謝をささげたい。(2011-0-20)

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