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2010年12月26日 (日)

うれしいニュースが飛び込んできた!

女性カメラマン岩堀照代さんといえば、日本よりベトナムでよく知られている写真家です。

10年前の2000年に友人と二人でベトナムを訪ねて、彼女の考えが変わったという。長いベトナム戦争にも関わらず、ベトナムは美しい自然を持つ国に生まれ変わっていた。生前のホーチミン大統領は言った。『戦争に勝利したら、ベトナムを10倍もうつくしい国にしよう!』と。

 戦争が終わったのは1975年、それから25年、ベトナムの大地はすっかり緑におおわれていた。人々の生活はいまだ貧しく、大きな困難が横たわろうと、それにひるまず、笑顔をたたえて暮らしている人の生活ぶりは、一人の日本人主婦の目に大きな感動を与えた。

 彼女は、カメラを持って北から南までバイクタクシーに乗って駆けずり回った。決してプロのような穴場を探して撮ったものではない、ありふれた写真の中に、見る者に感動と喜びをもたらすのは、岩堀さんの天性に支えられている。

ベトナムの自然とそこに生きる人たちの感動を与える姿を撮ろうと、取り組んで、東京のフジフォートギャラリーに展示されて以来、彼女の写真はベトナム人びとにも感動をもたらした。

 私も知っている。1971年、戦火の中のベトナムを訪問した時、祖国の運命と共にする人々は、質素な衣服に包まれながら、化粧のない女性の顔は、東京のどんな美人よりも美しかったことを。

自分たちの祖国が厳しい現実に晒されても、決してひるまない人間の素晴らしい姿がそこにあった。その美しさは、未来を信じ、指導者を信頼し、仲間との深い連帯感から生まれたものだと気がつくまで、そう長い時間はかからなかった。私はベトナムの人々の不屈のたたかいが終わる日まで、そのことをまわりに人たちに伝えていった。

 初めてベトナムを訪問した岩堀さんは、困難を克服して勝利を勝ち取った人びとの言うに言われぬ喜びにあふれているのを見たとおもう。彼女はそれをとことん追いかけてカメラにおさめてきたのだろう。

20041月から9月末まで、私はベトナム点字図書館運営支援に取り組んでいる時、岩堀さんに会った、それは、私が75歳の誕生日を迎えた420日、行きつけの日本料理店だった。その時彼女は、私が最高にいい顔をしていたときを写真にしてくれた。

今年12月になって、私のことが載った20047月の雑誌「ベトナムスケッチ」とともに、彼女の活動を紹介しているベトナム語の新聞の幾枚かの切り抜きとともに、もっとも注目すべきニューを伝えてきた。

「来年17日、東京上野動物園生まれの2歳と3歳の鶴のつがいを園長と一緒に、ハノイ動物園に届けに行く」という走り書きだ。

日本のマスコミもベトナムのそれも注目する中で、岩堀さんが愛してやまない人間のうつくしさ、日本人が愛してやまない鶴を連れてベトナムへいくんだ。私も、そして多くの日本人もこのニュースを聞いて飛び上がって喜ぶだろう。(2010-12-26

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コメント

長い間かかえていた雑誌を、今頃送って、
すもません。当然執筆者にも渡されていると考えていたものですから・・・。
今後とも前向きに希望を持ち歩み続けて
行きましょう。

投稿: Teruyo | 2011年3月 9日 (水) 19時01分

熊木さま
いまのご住所は川崎区浜町4-7-9で良いですか?

投稿: 岩堀照代 | 2015年12月15日 (火) 13時52分

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