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2010年11月 1日 (月)

不破哲三著「私の戦後60年」を読む(16)

   

15章「21世紀の日本を考える」

最初に「戦略」という言葉がでてくる。これは、プロイセン(ドイツ東北部)に生まれた(1780-1831)クラウゼビッツの戦争論に出てくる軍事用語で、私は、スターリン「レーニン主義の諸問題」のなかで、初めてお目にかかった。戦略とは、長期の展望、つまり綱領のようなものであり、戦術とは、その展望を実現するための手段だと理解しているが、これはまちがいだろうか。

戦後の日本は、アメリカに従属してきたが、世界中で戦後の日本はどのような展望をもって生きていくか、ということにおいて無批判であり、自主性をなくすために努力してきたように思う。

人生において、どのような仕事をえらぼうとも、その仕事を通じて独自の考えを持つようになるが、国家の方針が従属的になると、その人の独自性がゆがめられることもある。

21世紀は、植民地がみな独立国となり、貧富の差はあれ、世界が平和共存の時代には、すべての国、すべての国民が自立した見識を持つことが第1、次に自立した生活を営み、福祉については国家が全面的に補償していくことが当たり前にしなければならない。

ところが日本は戦後アメリカに従属して、軍事面のみ、充足してきたが、教育や福祉のことになると全くおくれているのは、この章で言われる無戦略のためである。

 

著者が指摘する、「三つの異常さ」はそのような中で発生した。歴代の保守政権はその異常さを感じても逃げ歩いたのだろう。アメリカに対しても、国民の切実な要求に対しても。

国家として他国に多大の人的、物的損害を与えながら、60年たっても、そのどれも完全に弁済しない国になった。そして、著者が指摘するように、政府の認識はアメリカの窓からのぞくという状態になり、国民に対してもそうしてきた。

 イラクでアメリカが侵略戦争を始めた時、NHKをはじめ多くのメディアは、イラクや周辺国にどんな影響を与えるかを抜きにして、アメリカ軍の空爆ばかり熱心に報道してきた。それはまた、ルールなき日本の資本主義を増長させることになった。

 いま私たちの前に残されているのは、国家の自主性を守り発展させ、国民の生活を第1に考えた政策に転換することだ。憲法を守る国民的な運動である9条を守ることだけでなく、福祉をはじめ教育、環境問題にも運動をもっと広げて世界の支持と尊敬をあっつめていかねばならない。それは歴代の首相が海外へ行くたびに円をばらまくこととはまったく違う。

いよいよ最終章にたどりついた。読後感をブログに掲載したのは12日間だけだ。図書館で見つけたこの本をもっとしっかり読みたいと、新潮社に電話したら絶版だという。70年も前から利用している有隣堂にも残っていなかった。自分の本ならば線を引いたり書きこみができるが、借り物となるとそうはいかない。線を引く代わりに短冊形のラベルを張っておいて、後でパソコンかに書き込みをした。

10月半ばになると、涼しさを通り越して、寒さも強まり、この夏、体重の自然減少が起こったから、それをおぎなうために、いくら食べても、また寝て、満足が得られない日が1週間もつづいた。  

20日以後になって、やっと落ち着いて読むこともパソコンのキーも気合を入れて、たたけるようになった。私は評論家ではないし、できの悪い無名の労働者だから、自分の体験を通じて、すべてのものを見たり、聞いたりして、ブログを書いている。友人は、このブログを個人のものとして、もっと自由に書いたらいいと助言してくれた。(やっとおわった)

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